高知地方裁判所 昭和60年(行ウ)2号 判決 1989年11月20日
原告
梅原智慧子
右訴訟代理人弁護士
山原和生
被告
須崎労働基準監督署長
山本秋廣
右指定代理人
石井宏治
外一〇名
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告が原告に対し昭和五九年四月二六日付けでした労働者災害補償保険法による療養補償給付をしない旨の処分を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
主文同旨。
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 原告の雇用関係
原告は、昭和三八年七月二二日、高知市に本店を置く山崎ブラザーミシン販売株式会社(以下「訴外会社」という。)に雇用され、昭和四二年三月一五日まで須崎支店において、同月一六日から昭和五三年一二月二〇日まで本店において、同月二一日から再び須崎支店において、ミシンの販売、講習、集金等の業務に従事していた。
2 原告のバイク乗務
原告は、昭和四一年一一月、原動機付自転車(以下「バイク」という。)の運転免許を取得し、訴外会社での業務のためバイクを使用した。昭和四二年三月一六日以降のバイク乗務の状況は次のとおりである。
(一) 昭和四二年三月一六日から昭和五三年一一月まで
訴外会社本店のサービス課に勤務し、一日約三時間(少ないときで一時間、多いときで三時間半位)、週平均五日間(月平均二三ないし二五日間)バイクに乗務して、高知市(仁井田、長浜を含む。)、伊野町、南国市稲生等を回る。昭和四二年一〇月及び一一月は須崎市―高知市間をバイクで通勤した。
(二) 昭和五三年一二月二一日以降
訴外会社須崎支店に勤務し、バイク乗務は減少し、一日平均約二時間、月平均六日間となった。原告がバイク乗務を完全に止めたのは後述の今西病院を受診した昭和五六年三月一一日より後のことである。
3 原告の症状の発現等
原告は、昭和四二年一〇月、須崎市―高知市間をバイクで通勤し始めて間もなくから両手指が冷え、異常を感じるようになったが、昭和四五年ころから本格的に手指のしびれを感じるようになり、昭和五〇年三月には左第四指にレイノー現象が現れ、手指のしびれが強く、しかも持続するようになり、昭和五五年冬には度々レイノー現象が発現した。原告は、昭和五六年一月、高陵病院の院長から手が白くなるのはレイノー現象であると教えられ、同年二月、同院長の紹介により今西病院で診察を受けたところ、精密検査の結果、同年三月九日、振動障害と診断された。さらに、昭和五九年三月二二日、高知生協病院において、振動障害(症度Ⅲ)、要療養と診断され、同年六月四日、久留米大学医学部医師櫻井忠義及び労働医学研究医師高松誠の診察検査を受けた結果も、振動障害、要療養(入院治療が必要)との結論であった(以下、原告のこの疾病を「本件疾病」という。)。
4 本件疾病の具体的症状
高知生協病院医師森清一郎の所見と右櫻井、高松両医師の所見により、本件疾病の具体的症状を明らかにすると次のとおりである。
(一) 森医師の所見
(1) 過去においてレイノー現象が手指に出現。冬場バイクに乗るため一日五、六回両第二、第三、第四、第五指基節までレイノー現象が毎日現れ、最終出現は検査当日の昭和五九年三月二二日である。
(2) 中枢神経障害を思わせる自覚症著明で、頭重感、めまい、体がふらふらする、イライラする、眠りにくいは常時現れている。
(3) 骨関節運動機能障害、両肩肘手関節痛あり。筋力低下著明、レントゲンで左舟状骨月状骨軟化症二期の所見がみられる。
(4) 末梢循環障害及び末梢神経障害著明に認められる。
(二) 櫻井、高松両医師の所見
(1) 両側前腕筋群(前腕屈筋群、前腕伸筋群、腕橈骨筋)の圧痛、両側上腕筋群(上腕二頭筋、上腕三頭筋、三角筋)の圧痛が認められた。両僧帽筋、両棘上筋、両棘下筋の圧痛は著明である。
(2) 筋力は両腕ともに低下する。握力は両側ともに著明に低下。維持握力時間も短縮する。指つまみ力両側にて低下する。手指の巧緻性を示す指タッピング能は低下する。背筋力は著明に低下している。
(3) 通常室温は摂氏二二度プラスマイナス一度とされているが、検査時室温摂氏25.4度、外気温摂氏30.6度で、皮膚温は正常範囲であったが、右第二、第三指、左第三、第四指の爪圧迫では遅延が認められた。
(4) 普通着衣(ブラウス着用)状態での腕手及び上半身の摂氏七度冷風一〇分間暴露にて、暴露後一〇分で右第二指末節及び左第四指末節にレイノー現象が発現した。
(5) 冷風暴露後の皮膚温の回復は著明に遅延、一五分を経ても回復しなかった。
(6) 末梢知覚障害は軽度ないし正常範囲内であったが、冷風暴露後、痛覚及び振動覚が軽度ないし中等度鈍くなった。
(7) 血圧、尿検査は正常範囲内であった。
(8) 総合的にみて、患者の仕事により荷重された障害は両上肢に重積しており、作業態様と一致する。
5 療養補償給付請求と本件処分等
原告は、被告に対し、前記バイク乗務により振動障害に罹患したとして労働者災害補償保険法(以下「労災保険法」という。)による療養補償給付を請求したが、被告は、昭和五九年四月二六日付けで、本件疾病は業務上の疾病とは認められないとして右療養補償給付をしない旨の決定(以下「本件処分」という。)をした。原告は、同年六月二五日、高知労働者災害補償保険審査官に対し、本件処分を不服として審査請求をしたが、三か月を経過しても裁決がない。
6 本件処分の違法性
本件処分は、以下に述べるように、本件疾病には業務起因性が肯定されるにもかかわらず、これを否定した点において違法である。
(一) 業務上疾病の範囲は、労働基準法施行規則(以下「労基則」という。)別表第一の二及び同規則に基づく労働省告示(昭和五三年労働省告示第三六号及び昭和五六年労働省告示第七号)によって示されているところ、労基則別表第一の二第三号3には、「さく岩機、鋲打ち機、チェーンソー等の機械器具の使用により身体に振動を与える業務による手指、前腕等の末梢循環障害、末梢神経障害又は運動器障害」が規定されているが、これは、具体的列挙規定である。具体的列挙規定は、人の健康を害することの医学的知見が得られている有害因子とその有害因子によって引き起こされることが明らかとなっている疾病を網羅しているもので、この規定に該当することについての一定の要件(①労働の場における有害因子の存在、②有害因子への暴露条件、③発症の経過及び病態)を満たしていれば、業務上疾病とみなされることとなる。
(二) ところで、本件で問題になっているバイクは、労働省労働基準局長の各都道府県労働基準局長宛の昭和五二年五月二八日付け基発第三〇七号「振動障害の認定基準について」(以下「三〇七号通達」という。)の(解説)2の(1)から(18)までに掲げられている振動工具には該当しないけれども、直ちに同(19)((1)から(18)までに掲げる振動工具と類似の振動を身体局所に与えると認められる工具)に該当するとするか、昭和五八年三月三〇日付けの人事院事務総局職員局長の郵政省人事局長宛の職補第一六七号「郵政省における外務職員の振動障害に関する公務災害の認定について(通知)」(以下「人事院通知」という。)により、バイク乗務によっても振動障害が発症することが明らかとなったことから右(19)に該当するとすべきであるので、前記「等の機械器具」に含まれると解すべきである。したがって、本件疾病(振動障害)は、「バイクの使用により身体に振動を与える業務による手指、前腕等の末梢循環障害、末梢神経障害又は運動器障害」に該当し、具体的列挙規定に当たるものである。
(三) そうすると、本件疾病の業務起因性についての判断は、三〇七号通達によって示されている認定基準に則ってすべきものであるところ、右認定基準によれば、以下のとおり、本件疾病の業務起因性が肯定される。
(1) バイク振動が有害因子であることは明らかであるところ、国際標準化機構(ISO)の局所振動暴露基準からすると、使用する機械器具の振動は、一日当たり一、二時間の使用に制限した場合1.5G(Gは振動の強さを表す重力加速度の単位。1G=9.8m/S2)以下に、一日当たり二ないし四時間の使用に制限した場合0.7G以下に抑えなければ振動障害に罹患する危険があるが、原告の場合、一日平均三時間のバイク乗務であり、原告の使用したバイクによる振動は0.7Gを超えるものであるから、前記①の要件は満たしており、振動障害に罹患しても何の不思議もない。
(2) 次に、振動に対する総暴露時間が約五〇〇〇時間以上になると振動障害に罹患する危険が大であるが、原告の場合、前記2記載のとおり、昭和四一年一一月から昭和五三年一一月までに概算一万〇四八五時間、同年一二月から昭和五六年二月までに概算三一二時間、合計一万〇七九七時間バイクに乗務したのであるから、振動の総暴露時間からしても振動障害を発症させるに十分であり、前記②の要件も満たしている。
(3) さらに、本件疾病の発症の経過及び病態は前記2ないし4記載のとおりであり、診察所見、検査成績、自覚症状は振動障害のそれを備え、かつバイク振動による障害の特徴的経過をたどっており、前記③の要件も満たしている。
(四) また、人事院通知を原告にあてはめても、次のとおり、本件疾病の業務起因性は明らかである。
(1) 人事院通知は、郵政省における外務職員(以下「郵政外務員」という。)が長時間バイクに乗車する業務に従事し、又は従事していたため発生したいわゆる振動障害に係る公務災害の認定基準等を明らかにしたが、右通知によれば、バイク乗務に従事し、又は従事していた職員に発生した疾病であって、業務遂行に係る要件及び疾病の発生に係る要件を満たし、医学上療養を要すると認められるものは、バイク振動障害として認め、公務上の疾病として取り扱うものとするとされている。そして、業務遂行に係る要件としては、「バイク乗車業務におおむね五年以上の期間連続して従事した後に発生した疾病であること」が、疾病の発生に係る要件としては、「次に掲げる要件のいずれかに該当する疾病であること。(1)手指、前腕等にしびれ、痛み、冷え、こわばり等の自覚症状が持続的又は間けつ的に現れ、かつ、次のアからウまでに掲げる障害のすべてが認められるか、又はそのいずれかが著明に認められる疾病であること。ア 手指、前腕等の末梢循環障害、イ 手指、前腕等の末梢神経障害、ウ 手指、前腕等の骨、関節、筋肉、腱等の異常による運動機能障害… (2)レイノー現象の発現が認められた疾病であること。… 」が掲記されている。
(2) ところで、バイク乗務に従事する民間労働者については、かかる認定基準等を明らかにした労働省通達はないけれども、民間労働者のバイク振動障害についても、人事院通知の認定基準等に準拠すべきである。さもなければ、官民にいわれのない格差を設けることになり、バイク振動障害による民間の被害者の救済の途を不当に閉ざすことになるからである。
(3) しかして、原告の場合、まず、バイク乗務におおむね五年以上の期間連続して従事した後に発生した疾病であり、前記のとおり、昭和四一年一一月から約一五年にわたって合計一万〇七九七時間バイクに乗務したのであるから、前記の業務遂行に係る要件を満たす。また、前記4の森医師及び櫻井、高松両医師の所見からして、疾病の発生に係る要件をも満たしていることは明らかである。
よって、本件処分は違法であるから、その取消を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1の事実は認める。
2 同2の事実のうち、原告が訴外会社での業務のためにバイクを使用したことは認め、その余は不知。
3 同3の事実のうち、昭和五六年三月九日、今西病院において、精密検査の結果、振動障害と診断されたこと、昭和五九年三月二二日、高知生協病院において、振動障害(症度Ⅲ)、要療養と診断されたことは認め、その余は不知ないし争う。
4 同4の事実のうち、(一)記載の森医師の所見があることは認め、(二)は不知。
5 同5の事実は認める。
6 同6冒頭の主張は争う。
(一) 同(一)は認める。
(二) 同(二)は否認する。
(三) 同(三)はすべて争う。
(四) 同(四)冒頭の主張は争う。(1)は認める。(2)のうち、バイク乗務に従事する民間労働者について、認定基準等を明らかにした労働省通達がないことは認め、その余は争う。(3)は争う。
三 被告の主張
1 労災保険給付の支給について
労働者災害補償保険制度は、業務上の事由に起因する労働者の負傷、疾病、障害又は死亡に対して補償を行うことを目的とするものであり、労災保険法一二条の八第二項により労働基準法に規定する災害補償事由が生じた場合に保険給付が行われるものである。
労災保険法に基づいて災害補償の権利義務関係が生ずるためには、業務と疾病等との間に因果関係があること、すなわち業務起因性を必要とする。そして、労働基準法における事業主の災害補償責任は無過失責任であり、労災保険法による保険給付の原資は事業主の負担する保険料とされていること等に鑑みれば、労働者の罹患した疾病の業務起因性は、明確でかつ妥当なものでなければならない。
ここで業務起因性とは、業務と発症原因との間の因果関係及びその発症原因と結果としての疾病との間の因果関係の二重の因果関係を意味する。そして、それぞれの因果関係は、単なる条件関係ないし関与では足りない。すなわち、労働者に生じる疾病については、一般に多数の原因又は条件が競合しており、この条件のひとつとして労働あるいは業務が介在することを完全に否定しうるものは極めてまれである。したがって、単にこのような条件関係があることをもって直ちに業務と疾病との間に因果関係を認めるべきではなく、業務と疾病との間にいわゆる相当因果関係がある場合にはじめて業務上の疾病として取り扱われるべきである。
そこで、相当因果関係ありというためには、業務が発症原因の形成に、又はその発症原因が疾病形成に相対的に有力な役割を果たしたと医学的に認められることが必要である。
一般的に業務起因性が肯定されるためには、①労働の場において、発症を起こさせる有害因子が存在し、②その有害因子への暴露量が健康障害を起こさせるに足りるものであり、③発症の経過及び病態が、その有害因子によることが医学的に認められることを要する。
2 振動障害について
(一) 振動障害の意義
振動障害は、チェーンソー等の振動工具(身体の局所に著しい振動暴露を与える工具)を長期間取り扱ったことにより発症する疾病であるが、それがいわゆる遅発性疾病であり、長時間にわたり業務に伴う有害作用が蓄積して発症に至る経緯に特殊性があることから、労基則別表第一の二第三号3により、具体的に定められている。
(二) 振動障害の病態に関する医学的知見
振動障害に関する研究結果によると、東欧圏の一部の見解を除き、振動障害は、直接振動暴露を受けた部位及びその近接する範囲に限局して症状を発する局所障害と捉えられており、その症状はレイノー現象(蒼白発作)を主徴とした末梢循環障害、末梢神経障害及び骨・関節・腱等の異常による運動器障害である。このことは、以下に述べるとおり、わが国のみならず諸外国においても多数の医学者によって承認されているところである(なお、これらの研究は、主としてチェーンソー、圧搾空気振動工具等の振動について研究されたものであり、オートバイによる振動と振動障害との関係について論じたものではない。)。
(1) ILOの見解
ILOは、一九八〇年第六六回総会において、「業務災害給付条約(一九六四年第一二一号条約)」の付表「職業病の一覧表」の改正を行い、振動による疾病等を追加したが、これの根拠となった「WHOの協力により組織された第一二一号条約付表『職業病リスト』の改正に関する専門家会議報告書」も、そのパラグラフ二六において
「専門家は原動機付乗物やトラクターなどの運転における低振動数の振動による障害(腰痛low-back pain、座骨神経痛など)の重要性を認めたが、このような障害は極めて特徴的なものではなく、それ故それらの職業起因性を明らかにすることは困難である場合が多いことを強調した。」とし、さらに、パラグラフ二七において、
「専門家は振動による末梢血管系の変化(手の血管攣縮、「白指」)、骨関節の変化(特に肘や手根の関節)、筋肉系、末梢神経系の変化というある一部の局所的障害の職業起因性について重視した。彼らは殊に原動機付乗物やトラクターのドライバーに見られる全身振動に由来する背骨(spinal)の傷害(injury)の業務起因性を認めた。しかし、彼らは、未だ比較的知見に乏しく、あまりに不明確であり、そして特徴性がないような障害(易疲労性、神経衰弱、一般的血管障害、内分泌障害等)をリストに含めることは適当ではないと考えた。」
としている。結局、パラグラフ二九において、
「幾多の原案を検討しながら、専門家は次のように表現することに一致した。『振動による疾病(筋肉、腱、骨、関節あるいは末梢血管、末梢神経の障害)』、適用範囲は『当該危険にさらされるすべての業務』である。」
として、振動障害は、局所障害であることを明確にした。この結論が、そのまま「職業病の一覧表」に取り入れられている。
なお、右報告に関与した専門家の国籍は、スウェーデン、スワジランド、ソ連、西ドイツ、ベルギー、チリ、ハンガリー、インドの各国に及んでいる。
(2) イギリスの状況
イギリスにおいては、一九五〇年以来、労働災害諮問委員会において、振動工具による障害を法定病に指定すべきかどうか、また、指定するとしたらその障害の範囲をどうすべきか等について、三次にわたり検討を行い、一九八一年の第三次答申において、重症のVWF(振動性白指)だけは労災として指定すべきであるが、専門家がVWFに対する高度のリスクを伴うとした作業における工具の使用においてのみ指定を限定すべきであるとの結論に達している。ここで、限定された工具としては、次のものをあげており、これらを使用する職業がすべて含まれることになるが、オートバイを使用する職業は含まれていない。
a 森林作業におけるチェーンソー
b 研磨作業におけるグラインダー等の回転工具
c リベット打ち、填隙作業、ドリリング、切削作業、ハンマー打ち、フェトリング、スエージングにおける手握式の金属加工用衝撃工具の使用又はこれらの工具の使用による作業を受ける側の金属の保持
d 鉱山、採石所、解体作業、道路工事における衝撃ハンマー又はドリル
e 靴製造業における靴打ち工具
なお、第一次答申及び第二次答申の概要は、次のとおりである。
① 第一次答申(一九五四年)においては、振動暴露を受けるすべての労働者のレイノー現象を指定すると不当に広い範囲を認めることになり、個々の請求に対して多くの不適当な決定が下されることになりかねないこと等の理由から、対象が振動を受ける労働者の全体であれ、さらに限定された労働者群であれ、レイノー現象の指定を勧告することはできないとの結論に達している。
② 第二次答申(一九七五年)においては、一般人の中には素質的に白指になる者もかなりおり、その他の病気、普通より重症の血管の外傷、結合組織の病気、血管収縮減少、グロブリン異常、中毒及び神経性の病気から起きるVWFもあること、作業に及ぼすVWFの影響は比較的軽微であること等の理由から、振動にさらされるすべての労働者について、あるいはより限定されたグループについても、VWFを法定の労災にせよとの勧告はできないとの結論に達している。
(3) その他の諸外国の状況
一九八三年三月二八日及び二九日に、イギリスにおいて、国際労働衛生協会、常置委員会の主催により局所振動の手腕以外への影響会議が開催された。この会議は、わが国の岡田晃(金沢大学)、二塚信(熊本大学)、松本忠雄(名古屋市立大学)、的場恒孝(久留米大学)の四名をはじめ、アメリカ、イギリス、オランダ、カナダ、スウェーデン、チェコスロバキア、フィンランド、ブルガリア等の医学者の出席により開催されたものである。
この会議における合意意見として、マーレーは、
「局所振動による手腕以外の影響の存在を、結論的に、疫学上それを立証するに足る十分な証拠はなかった。局所振動によって自律神経系の影響がおこるということは、確信することはできない。」
とし、さらに、デュピーは、
「振動暴露の結果、中枢神経系機能に慢性の不可逆的変化がおこるという説は、科学的に立証することができなかった。」
としており、わが国において、高松医師らが主張している全身障害説は、否定されている。
(4) わが国における医学的知見
わが国において、振動障害に関する研究が本格的に行われ始めたのは、昭和四〇年にマスコミによりチェーンソーによる振動障害が取り上げられてからである。多くの研究者は、欧米と同様、振動障害を、末梢循環障害、末梢神経障害及び運動機能障害としての局所的障害として考えており、政府としても同様に捉えている。
オートバイに乗車することと振動障害との関係については、振動障害を全身障害として捉えている限られたごく一部の医学者により小数の論文が発表され、また、使用者としての国の責任において郵政外務員のバイク振動障害(チェーンソー等の振動工具使用による振動障害と類似の症状を呈する疾病と定義されている。)を公務災害と認める人事院通知が出されているが、未だ未解明な分野も多く、一般的な知見までには至っていない。
3 振動障害の診断について
(一) 症状の検査
前述のごとく、振動障害の症状には、①末梢循環障害、②末梢神経障害、③骨・関節・腱等の異常による運動器の機能障害がある。
このうち、末梢循環機能の検査については、レイノー現象につき、その発現の誘因、時期、部位、色調、回数、経過などの聞き取りを経た上で、第一次検診においては、常温下における手指の皮膚温測定及び爪圧迫による復色時間の測定を行い、第二次検診においては、冷却負荷において、同様の測定を行い、さらに必要があれば、冷却負荷における指尖容積脈波の測定を行う。また、末梢神経については、痛覚や振動覚の測定を行い、運動機能については、最大握力、維持握力、指つまみ力の測定やタッピング測定を行う。
そして、これらの検査の中には、純粋に客観的に測定し得るものもあるが、大半は、被検者の主観が入り込む余地があるため、検査に当たる医師らの熟練とともに被検者側に真摯な協力態度がなければ、正確を期し難いものである。
(二) 鑑別診断
(1) 症状の検査が仮に正確に行われたとしても、それによって判断できることは、末梢循環機能、末梢神経機能又は運動機能の障害の存在の有無だけである。これらの障害が存在したとしても、さらに振動障害であると診断するためには、労働者が過去に振動に暴露されているか否か、振動の程度、振動に暴露された期間などを調査することが必要であり、また、振動障害と類似の症状を呈する疾病に罹患していないかどうか、加齢現象による影響がないかどうか等について、医学的な診断を行うことが必要である。
(2) そして、振動暴露の有無や程度、期間の調査に当たっては、被検者が使用した振動器具の種類、振動の程度、使用年数、通算使用時間、連続使用時間、休憩時間などを詳細に聞き取る必要があり、この点においても、医師らの熟練とともに、被検者の協力が不可欠である。
(3) また、振動障害の具体的な症状は、他の疾病において現われるものと類似している。すなわち、振動障害を他の疾病と鑑別して特徴づける症状は未だ発見されておらず、例えばレイノー現象ですら、同様の症状を呈する疾病として、胸郭出口症候群、レイノー病、動脈血栓症、慢性関節リウマチ、全身性エリテマトーデス等の諸疾病があげられる。振動暴露によって起こるレイノー現象は、他の疾患による場合に比して、その頻度は、必ずしも高くないとされている<証拠>。
振動障害と類似の症状を呈することのある疾病の主なものには、次のようなものがある。
① 既往の外傷に起因するもの(火傷及び凍傷を含む。)
② 振動以外の原因に基づくレイノー症候群(レイノー病、血清蛋白異常、血糖異常等)
③ 胸郭出口症候群
④ 中毒等による末梢神経及び血管の障害
⑤ 脈なし病、閉塞性血栓性血管炎(バージャー病)、糖尿病等による血管の障害
⑥ 慢性関節リウマチ
⑦ 全身性強皮症、全身性エリテマトーデス等の膠原病
⑧ 痛風
⑨ 結核性等の慢性関節炎
⑩ 頸椎の退行性変化に基づく神経系及び血管系の障害
⑪ 閉塞性動脈硬化症
⑫ 動脈血栓症及び動脈塞栓症
⑬ 結節性多発性動脈炎
⑭ 皮膚筋炎及び多発性筋炎
⑮ その他特殊な筋神経系の疾患(筋萎縮性側索硬化症、脊髄性進行性筋萎縮症、進行性神経性筋萎縮症等)
なお、これらのうち、⑥、⑦、⑬及び⑭は、広く膠原病と言われるものであるが、膠原病には、さらに、混合性繊維結合病及びリウマチ熱があり、これらも、振動障害との鑑別を要するものである。
ちなみに、前記の類似疾病のうちの幾つかについて、医学経験則上それぞれの疾病の症状を列挙すれば次のとおりである。なお、ここに示す症状は、すべてを網羅したものでもなく、また、該当の疾病に罹患した労働者がこれらの症状のすべてを示すわけでもない。
① レイノー病(又はレイノー氏病)
手指に対称性に起こる発作性の阻血現象である。寒冷や興奮などの誘因で両手指先にレイノー現象、冷感、疼痛、しびれ感が起こる。
② 胸郭出口症候群
頸 肩・腕の痛み、知覚異常、脱力感を訴える。血管症状として脈拍微弱化、指皮膚温低下、レイノー現象を伴うことがある。しびれ感は指に多く、握力低下をみることもあるが、明らかな筋萎縮、筋力低下、知覚障害をみることは少ない。
③ 慢性関節リウマチ
手指・足指・手 足・膝・肘関節が多く侵され、朝のこわばり、レイノー現象、罹患関節数の増加、指変形、虹彩炎、神経や筋の炎症、腱鞘炎、微熱、やせ、食欲不振、皮下結節などを示す。
④ 全身性強皮症
血管障害を伴う炎症性、繊維性の変性であり、こわばりやレイノー現象を伴うことが多い。
⑤ 頸椎の退行性変化に基づく神経系及び血管系の障害
頸椎症といわれるものであるが、頸椎の椎間板の退行性変化により、上肢のしびれや疼痛、手袋状の知覚鈍麻、上肢の筋萎縮や筋力低下、上肢腱反射低下が髄節性に現われる。椎骨動脈(頸椎に沿う動脈)に異常をきたし、そのため、めまい、失神発作が生じることもある。
(4) 以上に示したように、振動障害と類似の症状を呈する疾病が多数存在する上、加齢現象などもあるので、振動障害の診断のためには、その症状がこれらの類似疾病によるものと異なるという診断、すなわち鑑別診断を行うことが重要であるが、森医師及び高松医師は、鑑別診断を軽視し、これを厳密に行わずに、原告が振動障害に罹患していると判定している。
(5) 原告は、本件疾病の業務起因性についての判断は三〇七号通達によって示されている考え方を基本としてすべきであると主張するところ、同通達に関する労働省労働基準局補償課長の各都道府県労働基準局長宛の昭和五二年五月二八日付け事務連絡第二三号「振動障害の認定基準の運用上の留意点等について」(以下「事務連絡二三号」という。)2(5)イによれば、「振動障害と類似の症状を呈することのある疾病として一〇種類の類似疾病が掲げられているが、これは認定の条件として示されたものではなく、医師が当該患者について適正な診断、治療を行うための情報提供という意味で掲げられたものであるから、認定要件の整っている事案について認定の資料を得る目的で改めて鑑別診断を求めることはさけられたい。」とされている。しかしながら、まず、右通達及び事務連絡の適用範囲は、同通達の(解説)2に定める振動工具を取り扱う業務についてであり、バイクは右にいう「振動工具」には該当しない。原告は、バイクも、同通達の(解説)2(19)にいう「(1)から(18)までに掲げる振動工具と類似の振動を身体局所に与えると認められる工具」に該当する旨主張しているが、そもそも、バイクを「工具」に含めることは、文理上無理があるし、同通達の(解説)2本文が「身体局所に著しい振動を与えるものに限る。」としている趣旨からみても、バイクは、ここにいう振動工具に含めることはできないというべきである。また、同通達及び事務連絡は、同事務連絡1(3)イに規定しているところから明らかなように「一般に医師が病気の診断を行うに当たっては、適切な治療を施すため原因疾患を把握する過程で鑑別が行われる」ことを前提として、振動工具(バイクを含まないことは前述のとおり。)の長時間使用により、集団的に発生することが予想される振動障害の患者の救済を迅速に行うとの趣旨に出たものであって、決して鑑別診断を軽視してもよいとの趣旨ではない。医師の中には、単なる糖尿病の患者まで振動障害と診断した例がある(<証拠>)が、このような誤診を防ぐためにも、鑑別診断は慎重になされなければならない。
4 人事院通知について
(一) 原告は、民間労働者のバイク振動障害についても、人事院通知に事実上準拠すべきものであると主張するが、人事院通知は、郵政外務員の労働実態を踏まえて、郵政省人事局長に対して特に発出されたものであり、原告の労働実態は、次に述べるように、郵政外務員のそれに比し、著しく軽い。
(1) 原告が使用したバイクは、排気量五〇ccのバイクであるが、人事院通知において対象とされている郵政外務員が使用していたバイクは、そのほとんどが排気量九〇ccのバイクであり、しかも、郵政業務に適するように、特別に注文されて製作されたものである。例えば、特注されたホンダMD九〇は、本田技研製作の市販車カブC九〇に対し、ギア比を大きく、しかもタイヤの外周を約一六センチメートル短くしており、トルク(原動機の回転力)は増しているが、スピードは出にくい。このため、重量物は運搬しやすいが、一定速度を保つためには、通常以上のエンジン回転を必要とするものである。
(2) 原告は、一日約二時間、週五日間の乗務を昭和四二年三月一六日より同五三年一一月まで続けたと主張しているが、その乗務の内容は、ミシンの購入先をバイクにより訪問して、集金、修理、講習等を行うものであり、断続的使用である。一回の連続走行距離は、ときには一時間以上にわたることもあったかもしれないが、通常一〇分から三〇分の間であり、連続走行の間には三〇分から一時間のバイクを降車しての業務(すなわち、バイクの振動から解放される時間)があったのである。これに対し、郵政外務員の場合、その業務は、郵便物の集配であるから、連続走行の間のバイク降車業務はわずかの時間である。
原告は、合計一万〇七九七時間のバイク乗車業務に従事していたとし、人事院通知の認定基準を満たしていると主張するが、後述するように、原告主張のバイク使用時間は全く信用できない上、一日の使用時間、連続使用時間等についての業務の実態を看過して総使用時間を問題にするのは無意味である。そもそも、人体には、短時間の振動に暴露されたとしても、休息をとると回復する機能があるのであり、労働省通達において、チェーンソー等の振動工具について、一日の使用時間及び連続使用時間を規制しているのはこのためである。
(3) 原告の業務は、集金、修理、講習等であるから、運搬する荷物については、ごく軽量のものを運搬することはあっても、重量物を運搬する業務ではない。これに対し、郵政外務員の職務は、郵便物の集配であり、その重量は相当のものとなり、原告の場合と比較するべくもない。
人事院通知は、このような郵政省における外務職員の勤務実態に照らして発出されたものであるが、それでもなお、人事院通知に関連して出された人事院事務総局職員局補償課長の「バイク振動障害に関する職員局長通達の発出について(メモ)」においては、「バイクのエンジンから発生する振動は、チェーンソー等のそれと比べて同質のものとは言い難く、また、その身体に与える負荷の程度は軽いと考えられる」としているのである。原告のような勤務形態においては、なおさらのことである。
(二) また、人事院通知の適用は、医師により適切な鑑別診断が行われることを前提にしているところ、原告の疾病は、後記6で述べるとおり、振動障害以外の疾病に罹患している疑いが極めて強い。
このような状況にある本件について、人事院通知に準拠して判断するのは、相当ではない。
5 原告の症状について
原告は、本件疾病の内容として種々述べるけれども、原告主張の症状をすべて事実として受け入れることは到底できない。けだし、前述したごとく、振動障害の症状の検査において、客観的に測定しうるものもあるが、大部分の検査は、被検者の主観が入る余地があるため、医師の熟練とともに被検者の真撃な協力が不可欠であるところ、原告の場合、後述するバイク使用時間の点一つをとってみても、その供述には信用し難いものがあり、そのため、症状の検査についても、原告の主観により、その結果が左右されたとの疑いを払拭しえない。例えば、
(一) 末梢循環障害についていえば、原告は、昭和五〇年三月から、レイノー現象が発現した旨主張しているが、昭和五六年三月一一日の検査にかかる今西診断票(<証拠>)及び昭和五九年三月二三日の検査にかかる森診断票(<証拠>)においては、レイノー現象は、原告の自訴のみであり、冷却負荷検査によっても確認しえなかったのである。唯一、昭和五九年六月四日の検査にかかる櫻井診断票(<証拠>)においてのみ、レイノー現象が確認されているが、これは上半身空冷通風暴露(摂氏七度、一〇分間)という、一般的には採用されていない方法でレイノー現象を誘発させたものである。また、仮にこの検査を是認するとしても、レイノー現象の発現時期や回数に関する原告の主張の裏付けにはならないことはいうまでもない。
(二) 末梢神経障害について、今西診断票等によると、障害が著明に認められるとされているが、痛覚や振動覚のように、被検者の主観に左右されうるものを除外してみると、原告の異常は軽微である。例えば、今西診断票における神経伝導速度検査をみれば、一部にわずかな低下があるほかは、運動神経伝導速度、知覚神経伝導速度ともに正常値の範囲内である。
6 本件疾病についての業務上外の判断
本件疾病については、次に述べるとおり、前記1掲記の①ないし③の要件をいずれも欠いているから、業務起因性は否定されるべきである。
(一) 有害因子
原告の使用したバイクと同種のバイク(ホンダC五〇型五二年式)の振動加速度は、被告において測定したところ、セカンドギア走行においては時速三〇キロメートルで最大値5.8G、トップギア走行においては時速二〇キロメートル及び三〇キロメートルで、それぞれ最大値1.3G及び0.76Gを示している。
昭和五二年労働省告示第八五号「チェーンソーの規格」においては、振動障害との関連からチェーンソーの振動加速度の最大値を三G(29.4メートル毎秒)以下とすることと定められており、バイクの通常走行の状態(セカンドギアによる時速三〇キロメートルの走行は通常とはいえない。)においては、バイクの振動加速度は三G以下の状態であり、身体に過度の負担を与える程度のものとはいえない。したがって、バイク乗車業務が振動障害を起こさせる有害因子とは必ずしもいえない。
(二) 振動暴露量
原告のバイク乗車業務は、前記4(一)(2)のとおりである。ところで、労働省においては、昭和五〇年一〇月二〇日基発第六〇八号・同六一〇号でチェーンソー及びチェーンソー以外の振動工具の取扱い作業指針等を策定し、予防対策を実施しているが、それによると、一日の使用時間を二時間以下と規制し、さらに、連続使用時間をチェーンソー、削岩機等の打撃機構を有する振動工具については、概ね一〇分以内、打撃機構を有しない振動工具については、概ね三〇分以内と規制している。バイクについては、振動工具ではないが、その機構上、打撃機構を有していないことを考慮すると、原告の業務におけるバイクの使用時間は、妥当なものである。したがって振動障害を起こさせるに足る有害因子を暴露したとはいえない。
(三) 本件疾病の発症の経過及び病態
前記5のとおり、原告主張の症状には疑わしい点があるが、この点をしばらくおき、仮に原告にその主張どおりの症状があるとしても、それが振動障害によるものであるとするためには、原告の振動暴露歴を明らかにした上で、他の類似疾病との鑑別診断を経ることが不可欠である。しかして、本件の証拠関係からすれば、以下に述べるとおり、原告の症状を振動障害によるものとするには不合理な点が多く、結局、それらの症状は、私疾病ないし加齢によるものというべきである。
(1) 原告は、昭和四二年一〇月より両手指が冷え、異常を感ずるようになり、さらに昭和四五年ころから本格的に手指のしびれを感ずるようになったというが、原告がバイクの使用を始めたのは昭和四一年一一月であるから、使用開始後一年足らずの短期間のうちに異常が現われていることとなり、原告が使用したバイクの振動による負荷に比し、著しく早い時期にその症状が発現しており、これは他疾病の存在を強く疑わせるものである。また、一般的な医学的知見によれば、振動障害は、振動暴露を受けなくなればそれ以上増悪することはないばかりか、格別の治療を加えなくとも改善することすらある(<証拠>)。ところが、原告の場合は、昭和五五年二月二八日までにバイク乗車をやめたにもかかわらず、その後も症状は悪化している。すなわち、昭和五六年三月一一日の検査にかかる今西診断票と昭和五九年三月二二日の検査にかかる森診断票を比較すると、維持握力、筋圧痛・硬結さらには振動覚の点において、後者の方が障害が重いとの結果が出ている。換言すれば、原告の症状は、振動暴露停止後四年も経過しているのに症状は増悪しているのである。また、レイノー現象が櫻井医師により初めて確認されたのも、振動暴露停止後四年以上経過した昭和五九年六月四日である。とすれば、もはや、これらの症状は、振動暴露とは無関係であり、私疾病等によるものとみるのが合理的である。
(2) 今西診断票及び森診断票によれば、原告には、頭重感、めまい、体がふらふらする、イライラする、眠りにくいなどの症状があるが、これらは振動病の症状ではない。森医師及び櫻井医師は、いずれも、これらの症状を振動障害の症状であると証言しているが、これらの証言は、振動障害を局所的障害とする一般的な医学的知見に反するものである。事実、原告本人も、めまいはバイク免許取得以前からあったことを認めており、それが振動暴露と無関係であることは明らかである。さらに、高松医師及び櫻井医師の振動障害診断票(<証拠>以下「高松等診断票」という。)によると、耳鳴りをも訴えているが、これは、振動障害とは全く関係がない。
(3) 今西診断票等によると、末梢神経機能の障害について著明に認められるとされているが、痛覚及び振動覚の検査のように患者の主観的な感覚に左右されるものはともかく、神経伝導速度検査においては、若干の異常を示しているにすぎない。むしろ、皮膚紋画症をあらわす徴候を示しており、さらに、神経症的な側面も見せている。
(4) 今西診断票等においては、血清生化学検査におけるA/G比(アルブミン/グロブリン比)が著しい異常値を示している。このことは、原告の体内に蛋白代謝又は免疫系の異常が起こっている可能性を示唆している。
(5) 今西診断票等によると、原告の自覚症状として左右の手掌、手背、足趾、足首及び手腕並びに臀部にしびれを訴え、左右の手腕及び後頸部に痛みを訴えているが、振動障害では、このような広範囲のしびれ、痛みが起こるべくもなく、他の疾患によるものと考えざるをえない。
(6) 高松等診断票によると、足趾の機能検査でも末梢循環障害及び末梢神経障害が認められたとされているが、これも、他の疾患による影響と考えるのが妥当である。
(7) 原告は三〇歳の時、子宮後屈で手術を受けたことがある。この病気には、移動性のものと癒着性のものがあり、このうち癒着性のものは月経困難症、腰痛、疝痛などの症状を伴う。そして、原告自身が「三年して癒着しておって」などと供述しているところからすれば、原告の子宮後屈は癒着性であったものと思われる。とすれば、原告の症状は、子宮後屈及びその手術と何らかの関連性があることも考えられないではないところ、この点の鑑別診断はなされていない。
四 被告の主張に対する原告の反論
1 被告の主張2(二)について
(一) ILOは、国際的にどこでも一応標準的に使用でき、学問的に確認できるものを上げているのであるから、ILOの見解は、振動障害については、局所障害まで確認されたものと理解すべきであって、この障害が全身に広がる可能性を否定したものではない。
ILOは、原動付乗物の全身による障害の業務起因性を認め、かつ手腕系や足等の局所からの入力される振動による障害の業務起因性を認めざるをえなかった(パラグラフ二六、二七)。なお、パラグラフ二七については、和訳が英文に忠実でなく、「……比較的知見に乏しく、あまりに不明確であり、そして特徴性がないような振動に起因する障害(易疲労性)……」の傍線部分を欠落させている。
(二) イギリスでは、オートバイを職業的に長時間使用する業務がない。すなわち、オートバイを主として使用する職業集団がない。寒い国では、業務に使用される交通手段は、自動車であり、オートバイではない。
(三) 被告主張の会議におけるマーレー及びデュピーの意見は合意意見ではなく、個人的見解の表明にすぎない。デュピーは、西ドイツの工学者である。
(四) 振動障害が局所障害であるか全身障害であるかは、とりあえず本件とは関係がない。何故なら、本件で問われているのは、原告を振動障害に罹患しているとして労災認定するか否かであって、振動障害の広がる範囲ではないからである。
しかし、振動障害が局所障害か全身障害かについては、未だ論争中の問題であるが、例えば脳波異常をきたす振動障害患者を湯布院厚生年金病院において何人も診察したと櫻井医師は証言している。
また、いやしくも人事院事務総局職員局長が出したバイク振動障害の認定基準を被告主張の如く評価するのは不当である。「バイク振動障害に関する職員局長通達の発出について(メモ)」においても、人事院に斯界専門家による「バイク振動障害専門家会議」を設置し、これまでに発表された郵政省の研究結果、全逓信労働組合のアンケート調査、日本産業衛生学会その他の文献報告及び実際の公務上外認定事例の分析等により、医学的側面からの検討を委嘱し、バイク振動障害専門家会議において集約された意見に基づいて、右通達の発出がなされたとしているのであって、この時点における最高水準の知見によっていることは明らかである。つまり、バイク振動障害についても、その認定基準は確立されているのである。
2 同3について
(一) 振動障害の労災認定に際し、認定要件を満たすか否かの判定に必要な検査データーを得るための方法とその評価に関するものとしては、三〇七号通達の別添1「振動障害に関する検査項目及び検査手技について」及び別添2「検査成績の評価について」により明確に確立されており、これは人事院通知においても、その別添1、2において明らかにされているところであり、これが通達発出当時から現時点まで振動障害の業(公)務上外の認定資料を得るための最良のものとされてきたのである。そして、これにより多数の業(公)務上外認定がなされて、右検査手技及び評価は定着しているのであって、これを今更種々論難することは正当でない。
(二)(1) 認定に際して、鑑別のもつ意味は、振動障害の特徴的な症状であるレイノー現象は他の多くの疾患によって発現することが知られており、その他の症状又は障害は非特異的なものであって、種々の基礎疾患、既存疾病等あるいは加齢の影響等により生じている場合もあるので、基本的には振動障害の診断に当たり、類似疾病の除外診断が重要である、ということである。
三〇七号通達では、その(解説)において振動障害と類似の症状を呈することのある主な疾病が例示されている。
一般に医師が疾病について診断を行うに当たっては、適切な治療を施すため原因疾患を把握する過程で類似疾病の除外診断等の鑑別が行われるべきものであるところから、右通達において、適正な診断及び認定を行うための情報提供として示したものである。
したがって、鑑別診断は認定に当たっての必須条件とされているわけではないので、認定要件の整っている事案であって所轄労働基準監督署長による適正な認定が必要なものについて、改めて鑑別診断を行う必要はない。
(2) また、被告は、バイクは振動工具ではないので、事務連絡二三号は妥当しない旨主張するが、仮に、バイクが振動工具でないとしても、バイク振動障害についても、人事院通知の発出前は三〇七号通達によっていたのであり、基本的にチェーンソー等による振動障害と差異はないものであって、鑑別についても同通達及びその付属文書の内容が妥当するものであり、鑑別につき、バイク振動障害とチェーンソー等による振動障害とを区別して考える必要も余地もない。
3 同4について
郵政外務員のバイクであれ、普通のバイクであれ、暴露された振動と累積された振動障害が同じであれば、同じように症状が起こってくるし、この発症については、振動に対する総暴露時間が重要であり、これが約五〇〇〇時間以上になると、振動障害に罹患する可能性が大きくなるのであって、このことは、原告の乗務したバイクにも妥当するし、原告の総暴露時間も振動障害を発症させるに十分である。つまり、バイクや労働実態の違いは、原告の業務上外認定に際し、人事院通知に準拠する妨げとなるものではない。
4 同5について
被告は、櫻井医師が空冷後レイノー現象を確認しており、空冷は一般的でないので、信用できないかのように主張しているが、夏のことであり、原告に振動障害がなければ、空冷のほうが冷水負荷よりも正常に近い値が示されるのが普通であるので、冷水負荷であっても当然レイノー現象は発現したはずであり、右主張は理由がない。また、被告は、各医師の検査値の些細な矛盾を指摘し、あたかもすべての診断結果が信用できないかのように主張しているが、そんなことより、どこにおいても異常値が出ていることが重要で、これが原告の振動障害の存在を裏付けている。
5 同6について
(一) 被告は、原告の頭痛感、めまい、体がふらふらする、イライラする、眠りにくいなどの症状は振動障害によるものではないと主張している。しかし、人事院通知には、自覚症状として、レイノー現象、手指のしびれ・痛み・冷え・こわばり・ふるえ、手掌発汗過多、上肢倦怠感、肩こり、頸部痛、頭重、めまい、耳鳴、睡眠障害、肘の屈伸障害、肘・手の関節痛等がみられることが明記されているし、三〇七号通達等にも、同様の自覚症状が伴なうことが明記されているのであって、被告の右主張は、これらの通達の見解に反し不当である。
(二) 鑑別についても、適切になされ、原告には類似疾病がないことが確定診断されている。
(三) 以上要するに、本件疾病の業務起因性は、請求原因6記載のとおり明らかである。
第三 証拠<省略>
理由
一原告の雇用関係と本件処分等
請求原因1(原告の雇用関係)の事実、原告が訴外会社の業務のためバイクを使用していたこと、原告が、昭和五六年三月九日、今西病院において、精密検査の結果、振動障害と診断されたこと、請求原因5(療養補償給付請求と本件処分等)の事実は、当事者間に争いがない。
二判断の前提となる事実の認定
右争いのない事実、<証拠>を総合すれば、次の事実が認められ、<証拠>のうちこの認定に反する部分は、他の証拠に照らして措信できず、他にこの認定を左右するに足りる証拠はない。
1 原告の就業状況等
原告(昭和四年六月二七日生)は、女学校を卒業してから約一七年にわたり家事(農業等)に従事した後、前記のとおり、訴外会社に就職し、須崎支店勤務となった。
同支店での原告の業務は、各家庭を個別訪問して、ミシン、編み機を販売し、代金を集金することであったが、個別訪問は、ほとんど自転車で行っていたので、販売成績が上がらなかった。そのため、原告は、昭和四一年一一月一五日、バイクの運転免許を取得したが、高知市の本店勤務になるまでは、バイクを使用することはほとんどなかった。
昭和四二年三月一六日、原告は訴外会社の本店サービス課勤務となった。同課での原告の業務は、主に、販売したミシン、編み機について修理、講習を行うことであり、これは購入先から電話で申込みがあるとその都度双方の都合の良い日を決め(購入先の都合で日曜祭日になることもあった。)、購入先を訪問して行うものであった。
原告は、かかる購入先訪問を雨の日を除きバイクで行ったが、訪問先は最も遠いところで、北は正蓮寺(サービス課のある高知市比島町から直線距離で四キロメートル前後)、東は南国市稲生(同じく八キロメートル前後)、南は高知市種崎、長浜(いずれも同じく七キロメートル前後)、西は高岡郡日高村日下(同じく一七キロメートル前後)であった。
原告は、本店へ転勤後、自宅のある須崎市から高知市まで汽車で通勤していたが、通勤手当が支給されなかったので、昭和四二年一〇月から片道一時間二、三十分かけてバイクで通勤し始めたところ、上司から危ないので止めるよういわれ、寒い時期になっていたこともあり、バイク通勤を同年一一月限りで止め、再び汽車通勤に戻った。なお、原告の業務は、昭和五三年七月ころからバイク使用を伴わないものに変わっていた。
原告は、昭和五三年一二月二一日、須崎支店での業務に戻ったが、バイクに乗車するのは遠方を訪問するときだけで、一か月に六日程度の割合となり、本店勤務時に比し、バイクの使用は大幅に減少した。
なお、原告が訴外会社本店での業務に使用したバイクはホンダ五〇cc、本店への通勤及び須崎支店での業務に使用したバイクはスズキ五〇ccであった。
2 疾病の発症及び既往症
原告は、昭和四二年一〇月にバイク通勤を始めて間もなくのころから両手の冷え、しびれを感じるようになり、昭和四五年一月ころには、それらが本格化した。そして、原告は、昭和五〇年三月ころの朝、通勤の途中に、一緒になった知合いの保健婦から、右第四指にレイノー現象(蒼白発作)が現れていることを指摘され、はじめてこれを自覚した。当時、原告は、めまい、耳なりがあり、就寝中手がこわばるため十分寝つかれない状態であったが、めまいは原告がバイクの運転免許を取得する以前にも感じたことがあった。その後、レイノー現象は他の指にも発現し、昭和五五年ころからは、寒い時には一日に五、六回現れ、また冬だけでなく梅雨時にも発現するようになった。
原告の主な既往症としては、昭和三一年ころ及び昭和三四年ころの二度、子宮後屈で手術したことがあるほか、昭和三二年ころ耳の病気(詳細は不明)に罹患し、また、昭和四六年及び昭和四七年五月に胃潰瘍でいずれも約一か月治療を受けている。
3 医療機関の診断
原告は、昭和五六年一月、集金業務のため、須崎市の高陵病院を訪ねたところ、手にレイノー現象が現れているのを受付係の看護婦に指摘され、折から通りかかった院長から今西病院で診察を受けるよう勧められた。
そこで、原告は、今西病院(医師今西速雄)で検査を受けたところ、前記のとおり振動障害と診断され(その症度はⅢないしⅣということであった。以下「今西診断」という。)、同年三月九日付けで、被告に対し、労災保険法による療養補償給付を請求した。そして、原告は、右請求に対してなされた本件処分と相前後して、昭和五九年三月二二日には、高知生協病院医師森清一郎から、また、同年六月四日には、久留米大学医学部環境衛生学教室助教授医師櫻井忠義から、さらに、昭和六〇年三月二二日には、右櫻井及び労働医学研究所医師高松誠から、いずれも、症度Ⅲの振動障害、要養療と診断された(高知生協病院での診断は当事者間に争いがない。以下、これらの診断を、それぞれ、「森診断」、「櫻井診断」、「櫻井・高松診断」という。)。
4 原告の症状 検査結果等に関する医師所見
右各診断に際しての症状・検査結果等に関する主な異常所見は次のとおりであり、また、末梢循環、末梢神経、運動の各機能検査の結果値は別紙1のとおりである。
(一) 今西診断
(1) 第一次健康診断所見(昭和五六年三月一一日、外気温摂氏一四度、室温摂氏二二度)
① 筋力、筋運動(利き手右) 瞬発握力低下。維持握力(五回法)正常。
② 視、触診等
ア 指以外の上肢骨関節の変形異常両肘関節内側に圧痛あるほか異常なし。
イ 筋萎縮 両拇指球筋群、両小指球筋群、両骨間筋群に萎縮あり。
ウ 腱反射の異常 上腕二頭筋腱反射、上腕三頭筋腱反射、橈骨反射、尺骨反射、膝蓋反射、アキレス腱反射いずれも両側に異常あり。
エ 既往症 昭和三二年、三六年子宮後屈により手術。昭和四六年、四七年胃潰瘍。
③ 末梢循環機能検査 手指の皮膚温左右とも低下。爪圧迫テスト左右とも遅延する。
④ 末梢神経機能検査 痛覚、振動覚、触覚ともに鈍麻を認める。
(2) 第二次健康診断所見(検査日、外気温、室温は第一次健康診断と同じ。冷却負荷は、摂氏一〇度一〇分間冷水浸漬テストにて右手関節まで浸水。)
① 末梢循環機能検査 手指の皮膚温、爪圧迫テストいずれも冷却負荷後回復に遅延あり。
② 末梢神経機能検査 痛覚、振動覚、触覚ともに明らかに鈍麻を認める。
③ 筋力、筋運動テスト 維持握力(60%法)正常。つまみ力左右とも低下。タッピングテスト正常。
④ 指尖容積脈波(電子サーモボックス使用。)冷却負荷前プラトー波。冷却負荷後(直後、五分後、一〇分後いずれも)平坦波。
⑤ 心胸郭係数 五二%(通常五〇%)
⑥ 骨レントゲン所見 両手関節部軟骨下硬化、頸椎椎体前縁縁堤化、頸椎前弯減少、両肩関節部軟骨下硬化、両尺骨粗面骨増殖あり。
⑦ 標準純音聴力検査 軽度の高音域障害あり。
⑧ 神経伝導速度 右正中神経に運動神経伝導速度の低下あり。右尺骨神経に運動及び知覚神経伝導速度の低下あり。
⑨ 血液及び尿検査
ア 血清総蛋白 7.6g/dl(正常値6.5ないし八)
イ アルブミン・グロブリン比(A/G) 2.8(正常値0.8ないし1.8)
(3) 総合所見
末梢循環障害、末梢神経障害がいずれも著明に認められ、運動機能障害が認められる。
(二) 森診断(昭和五九年三月二二日、外気温摂氏13.7度、室温摂氏二三度)
① 視、触診等
ア 指以外の上肢骨関節の変形異常両肩肘手関節痛あるほか異常なし。
イ 上肢の運動機能の異常、運動痛運動痛あり。
ウ 筋圧痛・硬直 異常あり。
② 末梢循環機能検査(常温) 手指の皮膚温左右とも低下。爪圧迫テスト異常なし。
③ 末梢神経機能検査(常温) 痛覚、振動覚ともに異常を認める。
④ 末梢循環機能検査(摂氏五度一〇分間冷水浸漬テストにて左手を冷却負荷。) 手指の皮膚温、爪圧迫テストいずれも冷却負荷後回復に遅延あり。
⑤ 末梢神経機能検査(同様に冷却負荷。) 痛覚、振動覚ともに鈍麻。
⑥ 筋力、筋運動テスト 維持握力(五回法)で左手異常、右手正常。維持握力(60%法)で左手正常、右手異常。つまみ力左右とも低下。タッピングテスト左右とも異常。
⑦ 指尖容積脈波 常温正常。冷却負荷直後、五分後、一〇分後いずれもプラトー波。
⑧ 骨レントゲン所見 左舟状骨月状骨硬化症二期
⑨ 血液及び尿検査
ア CPK 九一(基準値一〇ないし六一。)
イ GPT 四(基準値五ないし三五)
⑩ 総合所見、末梢循環障害、末梢神経障害、運動機能障害いずれも著明に認められる。
なお。請求原因4(一)のとおりの森医師の所見があることは、当事者間に争いがない。
(三) 櫻井診断(昭和五九年六月四日、外気温摂氏30.6度、室温摂氏25.4度)
① 視、触診等
ア 指以外の上肢骨関節の変形異常両肩肘手関節痛あるほか異常なし。
イ 上肢の運動機能の異常、運動痛手関節部運動痛あり。
ウ 筋圧痛・硬直 両前腕筋群(前腕屈筋群、前腕伸筋群、腕橈骨筋)、両上腕筋群(上腕二頭筋、上腕三頭筋、三角筋)の圧痛あり。両僧帽筋、両棘上筋、両棘下筋の圧痛著明。
エ 既往症 昭和三一年子宮後屈切除。昭和三四年再手術。
② 末梢循環機能検査(常温) 手指の皮膚温正常。爪圧迫テストで右第二、第三指、左第三、第四指で回復遅延。
③ 末梢神経機能検査(常温) 末梢知覚障害は軽度ないし正常。
④ 末梢循環機能検査(ブラウス着用状態での腕、手及び上半身に摂氏七度の冷風を一〇分間暴露して冷却負荷) 冷却負荷後一〇分で右第二指末節、左第四指末節にレイノー現象発現。手指の皮膚温、爪圧迫テストいずれも冷却負荷後回復に遅延あり。
⑤ 末梢神経機能検査(同様に冷却負荷) 痛覚、振動覚ともに鈍麻。
⑥ 筋力、筋運動テスト 握力左右ともに低下。維持握力(60%法)低下。つまみ力左右ともに低下。タッピングテスト左右とも異常。背筋力低下。
⑦ 総合所見 末梢循環障害、運動機能障害いずれも著明に認められ、末梢神経障害が認められる。
(四) 櫻井・高松診断(昭和六〇年三月二二日、外気温摂氏15.1度、室温摂氏二一度)
① 視、触診等
ア 指以外の上肢骨関節の変形異常両肩肘手関節痛あるほか異常なし。
イ 上肢の運動機能の異常、運動痛運動痛あり。
ウ 筋圧痛・硬直 両腕橈骨筋、両上腕骨外上顆の圧痛あり。
エ 既往症 昭和三一年子宮後屈切除。昭和三四年再手術。
② 末梢循環機能検査(常温) 手指足趾につき、皮膚温低下。爪圧迫テストで回復遅延。
③ 末梢神経機能検査(常温) 手指足趾につき、痛覚、振動覚の鈍麻あり。
④ 末梢循環機能検査(摂氏五度一〇分間冷水浸漬テストにて左手を冷却負荷) 手指の皮膚温、手指の爪圧迫テストいずれも冷却負荷後回復に遅延あり。
⑤ 末梢神経機能検査(同様に冷却負荷) 手指の痛覚、振動覚ともに鈍麻。
⑥ 筋力、筋運動テスト 握力左右とも低下。維持握力は、五回法で左手低下、右手正常、60%法で左右とも低下。つまみ力、タッピング数いずれも左右とも低下。
⑦ 指尖容積脈波 冷却負荷後引上げ五分目、一〇分目にいずれも右中指にプラトー波。常温で右第二趾にプラトー波。
⑧ 血液及び尿検査
CPK 六九(基準値一〇ないし六一。)
⑨ 総合所見 末梢循環障害、末梢神経障害、運動機能障害いずれも著明に認めらる。
5 診断後の原告の治療と症状
原告は、昭和五六年三月九日以降バイク乗車を完全に止め、同月一七日から昭和六二年二月ころまで、前記高陵病院に通院して治療を受け、その後は治療費の滞納を気にして通院を止めているが、レイノー現象は、昭和五〇年以降ずっと発現し、昭和六二年一二月現在でも両拇指を除くすべての指に出ているほか、昭和六三年四月一八日にも現れており、ただ、以前に比べると発現の頻度は少なくなっている。
三本件疾病の業務起因性の有無
労災保険法一二条の八第一項一号、第二項によれば、労働基準法七五条に規定する災害補償の事由が生じた場合に、請求により療養補償給付を行うこととされ、右七五条は、災害補償の事由として「労働者が業務上負傷し、又は疾病にかかった場合」と規定したうえ、その業務上の疾病の範囲は命令で定めるとしている。そして、労基則三五条、別表第一の二第三号は、右の業務上の疾病として、「身体に過度の負担のかかる作業態様に起因する次に掲げる疾病」と規定し、その3に「さく岩機、鋲打ち機、チェーンソー等の機械器具の使用により身体に振動を与える業務による手指、前腕等の末梢循環障害、末梢神経障害又は運動器障害」を掲げている。原告は、本件疾病が右3に掲げる疾病に該当すると主張するものであるが、そのようにいうためには、原告の業務と本件疾病との間に相当因果関係があること、すなわち業務起因性が必要であり、この相当因果関係の立証は、一点の疑義も許されない自然科学的証明ではなく、経験則に照らして全証拠を総合検討し、事実と結果との間に高度の蓋然性があることが証明されれば足り、その判定は、通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ちえるものであることを必要とし、かつ、それで足りると解される。そこで、本件疾病に、かかる業務起因性が認められるかを以下検討する。
1 振動障害について
<証拠>によれば、次の事実が認められ、<証拠>のうち、この認定に反する部分は、他の証拠に照らして採用できず、他にこの認定を覆すに足りる証拠はない。
(一) 振動障害の病像
振動を手、腕に伝える手持動力工具、機械などを使用することによって人体に生ずる障害を振動障害といい、これはレイノー現象(指趾の蒼白発作)を主徴とする末梢循環障害、末梢神経障害、運動器障害を主体としている。レイノー現象は、寒冷、特に全身的な寒冷感を誘因として発現するが、一日に数回という頻繁なものから年に一、二回の程度に至るものまで種々である。蒼白発作は約五分ないし一五分、ときに三〇分間持続することがあるが、回復過程で痛み、しびれを覚える。振動障害の症状として、このほか、手指のしびれ、疼痛、こわばり、冷え、脱力感、知覚の異常・鈍麻、筋力の減退などが訴えられ、運動神経・知覚神経伝動速度が遅延し、末梢神経障害に関連した筋電図上の異常所見が認められる。また、手関節・肘の疼痛、運動制限が訴えられ、この上肢の運動障害のほかに骨・関節の変形、異常を主症状とすることもある。上肢の筋萎縮は、拇指球筋、小指球筋、上腕筋、前腕筋に生じる。このほか爪の変化、指の変形を起こすこともあり、疲労、不眠、消化障害、睡眠障害などの全身症状が訴えられることもあるが、これらは、他の作業・生活条件でも当然起こりうるような症状であって、振動との関連を明確にすることはむずかしい。振動障害の発生機序や病態に関しては、国の内外で多くの研究が進められているが、未だ十分な結論を得るに至っていない。また、振動暴露により中枢神経系の障害までも引き起こされるかについて、これを肯定する全身障害説と否定する局所障害説に立場が分かれているが、中枢神経に器質的変化を起こすことの科学的証明はなされておらず、局所障害説が現在の主流である。
(二) 私疾病との鑑別
振動障害を他の疾病と識別して特徴づける症状は発見されておらず、振動障害と類似の症状を呈することのある疾病が多数存在する。したがって、振動障害と診断するためには、それら類似疾病との鑑別が必要であるが、鑑別は決して容易ではなく、そのため、各症状分野の専門医により合議によって鑑別することが妥当とされる。なお、振動障害における主要症状の中で、振動暴露と症状との関係で疫学的に量・反応関係の認められているのはレイノー現象のみであるといってもよく、これを振動障害の中核となる症状と考えることが妥当とされているが、振動暴露中止後に症状の出現や増悪がみられる場合は、他の疾患についての鑑別が十分なされる必要がある。
(三) バイクによる振動障害
バイクのエンジンから発生する振動、不良な路面を走行中に車輪から伝播する振動、走行時の緊張等作業態様の特性、寒冷・降雨・風速等作業環境によりもたらされる影響等が重複し、身体に一定の負荷が加わることに起因して、チェーンソー等の振動工具使用による振動障害と類似の症状を呈する疾病(以下「バイク振動障害」という。)が生ずることがある。バイク振動障害は、運転者に対する風による寒冷暴露が他の振動作業より強いため、末梢循環障害が早期に現れ、かつ強度であることが特徴であり、次第に末梢神経障害、運動器障害、骨・関節系の障害が加わってくるとされる。
これまでの振動障害についての研究は、チェーンソーやさく岩機などの手持振動工具に関するものが主であり、これら手持振動工具による振動暴露により、振動障害が発生することが一応医学的に認められているが、前述のとおり、その発生機序や病態については未だ十分な結論を得るに至っていない。そして、バイクやブルドーザーなどによる全身的振動に基づく振動障害については、研究例に乏しく、障害の発生機序や病態に関し、手持振動工具の場合以上に未解明の分野となっている。
(四) 郵政外務員の場合のバイク振動障害
職務上バイクを使用する郵政外務員の振動障害については、昭和四九年以降職員から公務災害の申出がなされるようになり、昭和五七年度までにその件数は三〇〇件を超えている。郵政省としては、人事院とも協議しつつ、個別案件ごとに三〇七号通達に準拠する形で、それぞれの公務起因性を判断してきたが、その間の昭和五二年度ないし五五年度にかけて、東京逓信病院に振動障害対策協議会を設け、郵政省における機動車乗務員の振動障害に関する医学的検討を諮問するとともに、財団法人労働科学研究所に「機動車による振動障害の生理学的研究」を委託し、バイク振動障害の発症の機序等の解明に努めてきた。しかしながら、それぞれの検討結果からはバイクの振動が乗務員に与える生理的影響、その発症の機序等について明確な結論は得られなかった。
人事院としては、バイクが振動工具であるか否かについてはなお今後の検討課題であるが、バイク使用による障害の発生がほとんど郵政省の職員に集中しており、同省における認定例もかなり集積してきている現状を踏まえ、この際バイク振動障害の公務上外の認定について、一定の方針を郵政省に示す必要があると認め、人事院に斯界専門家によるバイク振動障害専門家会議を設置し、それまで発表された郵政省の研究結果、全逓信労働組合のアンケート調査、日本産業衛生学会その他の文献報告及び実際の公務上外認定事例の分析等により、医学的側面からの検討を委嘱した。
人事院は、右専門家会議においてまとめられた結論が、現在の医学的知見からみて大方に承認されうる最大公約数的なものと判断し、同会議の結論を踏まえ、当分の間、郵政省が公務災害の認定に当たりよるべき一定の要件を盛り込んだ内容の職員局長通達を作成し、バイク振動障害が郵政省に特有の問題であることを考慮して、郵政省人事局長宛にすることとし、昭和五八年五月三〇日付けで人事院通知を発出した。
右専門家会議の結論によれば、バイクのエンジンから発生する振動はチェーンソー等の振動工具のそれと比べて同質のものとは言い難く、また、その身体に与える負荷の程度は軽いと考えられるにもかかわらず、現実には振動障害と類似の症状を訴える者がバイク乗務員に相当数出ているということからみて、バイク振動障害の発生に関する因子としては、バイクのエンジン振動のみならず、不良な路面を走行中車輪から伝播する振動、走行時の緊張、寒冷暴露等多岐にわたるものが重複しているものと理解されるということである。
人事院通知は、バイク振動障害の範囲につき、バイク乗車により振動を受ける部位は手腕部、腰部、足趾部とあるものの、症状の発現部位としては手腕部に特徴的であると考えられること、現在確立されている検査手法が手腕部に限られていること等を勘案して、手指、前腕等の障害として捉えている。また、業務遂行に係る要件として、従事期間は概ね五年以上とされたが、これは、バイク振動障害申請者の症状の訴えと乗務年数との関係において五年以上の者が全体の九七%強を占めており、また、累積カーブも五年を境として大方上昇している傾向が認められ、かつ、右専門家会議の検討によってもバイクのエンジンから発生する振動の身体に与える負荷の程度は軽いという点を勘案して、この程度の期間とすることが妥当であるとの結論が採られたものである。
なお、郵政外務員の使用するバイクは、主に排気量九〇ccの特注バイクであり、ハンドルの前に荷物を載せるため、また、低速のためふらつきが大きいことから、ハンドル操作に強い握持が要求され、そのために振動が伝わり易かったという難点があったが、振動障害が問題化した結果、昭和五四年ころから、その対策として振動が小さく抑えられるよう改良された。
2 バイク振動障害の業務起因性の認定について
(一) 労基則三五条、別表第一の二第三号3に規定する振動工具を取り扱うことにより身体局所に振動暴露を受ける業務(振動業務)に従事したことによって生じる振動障害に関する認定基準については、三〇七号通達(この通達は、昭和五三年労働省令一一号による改正前の労基則三五条一一号(「さく岩機、鋲打機等の使用により身体に著しい振動を与える業務に因る神経炎その他の疾病」)に関する認定基準についての通達であるが、右省令による改正後の労基則三五条、別表第一の二第三号3に関する認定基準としても同様に妥当するものと解される。)があり、郵政外務員がバイク乗車業務に従事したことによって生じる振動障害に関する認定については、人事院通知がある。
(二) 三〇七号通達及び事務連絡二三号によれば、振動業務に相当期間(おおむね一年又はこれを超える期間)従事した後レイノー現象が発現したことが認められたものについては、末梢循環障害、末梢神経障害及び運動機能障害に係る検査をせず、振動障害として取り扱うこととされ、したがって、「(イ) 過去にレイノー現象が発症したことのある事実は確認されたが時間的経過から見て現に振動障害が認められるものであるかどうか明らかでない場合 (ロ) 当該労働者の既往歴又は振動作業従事前の作業歴等から見て振動業務以外の原因によるレイノー現象の発症が強く疑われる場合」を除き、類似疾病との鑑別及び三〇七号通達別添1の諸検査(末梢循環機能検査、末梢神経機能検査(感覚検査)、運動機能検査)を行うまでもなく振動障害として取り扱って差し支えないとされ、また、振動障害と類似の症状を呈することのある疾病として通達の掲げる一〇種類の類似疾病は、認定の条件として示されたものではなく、医師が当該患者について適正な診断、治療を行うための情報提供という意味で掲げられたものであるから、認定要件の整っている事案について認定の資料を得る目的で改めて鑑別診断を求めることはさけられたい、とされている。
(三) ところで、三〇七号通達及び事務連絡二三号は、チェーンソー(ブッシュクリーナーを含む。)を取り扱う業務による振動障害の業務上外の認定基準が示された昭和五〇年九月二二日付け基発第五〇一号通達発出後の医学的知見を基礎として、振動工具を取り扱う業務による振動障害の全般について、振動障害の認定基準の検討に関する専門家会議において続けられてきた検討の結果によって定められたものであるところ、右専門家会議における検討は、手で把持して使用する振動工具(三〇七号通達(解説)2の(1)から(18)、事務連絡二三号2の(1)で例示されている振動工具等)を前提としてなされてきたものであり、右振動工具にバイクを含んでいないことは明らかである。そして、前記1の(四)で認定したとおり、バイクのエンジンから発生する振動は、バイク振動障害専門家会議において、チェーンソー等の振動工具の振動と同質のものとは言い難く、その身体に与える負荷の程度は軽いとされているのである。したがって、バイクによる振動に比し、身体に与える負荷の程度が重いと考えられる振動工具を使用する業務に従事していることを前提として発出された三〇七号通達及び事務連絡二三号の認定基準に準拠して、バイク振動障害の業務起因性を判断することは相当でないというべきである。
(四) さらに、前記1で認定した諸事情によれば、人事院通知は、類似疾病が多く、必ずしも障害の発生機序や病態の明確でない振動障害のうちで、さらに未解明の分野であるバイク振動障害につき、バイク振動障害の発生がほとんど郵政省の職員に集中しており、同省における認定例も一定程度集積してきている現状を踏まえ、この際バイク振動障害の公務上外の認定について、一定の方針を郵政外務員限りにおいて示すことが妥当であるとの政策的判断から発令されたものであることが明らかであり、郵政外務員と業務態様や使用バイクの異なる原告の場合に人事院通知を準用して業務上外の認定をしなかったことを捉えて不相当であるとすることはできない。原告は、民間労働者については、人事院通知のような労働省通達はない(このことは当事者間に争いがない。)から、民間労働者の場合にも人事院通知に準拠しないと官民にいわれのない格差を設けることになり不当である旨主張するが、労働省において労働災害の業務上外認定についていかなる認定基準を設けるかは、同省が裁量により決すべき事柄であり、また、民間労働者においてバイク振動障害が相当に多発していることを窺わせる証拠はないから、民間労働者と郵政外務員とは前提事情が異なるものというべく、民間労働者について、人事院通知のような認定基準によらないことをもって直ちに不当な格差とはいえない。
3 本件疾病の業務起因性について
以上によれば、本件疾病の業務起因性を判断するには、①労働の場において、疾病を起こさせる有害因子が存在すること、②その有害因子への暴露量が健康障害を起こさせるに足りるものであること、③発症の経過及び病態が、その有害因子によるものであることが医学的に認められること、以上の各要件を個別具体的に検討することが必要である。
(一) 他の類似疾病との鑑別診断
(1) 類似疾病
前記二の2及び4、三の1の(一)及び(三)で認定したところによれば、本件疾病は、一応、振動障害の症状を備えているということができるが、三の1の(二)で認定したところからして、さらに類似疾病との鑑別が必要であるといわざるをえず、この鑑別診断は一般に容易ではない。そこで検討するに、<証拠>によれば、振動障害との鑑別上注意すべき類似疾病に、次のようなものがあることが認められる。
① 末梢循環器系
ア レイノー病 小動脈の発作性収縮によってレイノー現象が起こるもののうち、末梢動脈に器質的病変を伴う他の疾患に合併せずに起こるもの。若い女性に好発し、冷却あるいは感情の急激な変化などに伴い手指の色調の蒼白発作がみられる。通常、発作間けつ期には異常が認められない。両上肢に対称的に起こるが、まれに足趾にも出現することがある。レイノー現象のほかに手足の指に冷感、しびれ感、知覚鈍麻などがみられるが、一般的には疼痛は軽い。寒冷時には指の皮膚温は低下し、脈波も小さくなるが、温暖時には皮膚温、脈波ともに健康人に近づく。
イ 膠原病 全身の血管結合組織を中心とした病変に起因する疾患群を総称するが、その概念は広く、またこの疾患群に属する疾病も相互に重複する所見を有し、それぞれを明確に鑑別することに困難を感ずることもある。この疾患群の中には高頻度にレイノー現象を発現してくるものがあり、また、それぞれの疾患に特徴的とされる主要所見が顕著でなく、客観的にはレイノー現象のみが把握されるという場合も多く、潜在する病態を注意深く検索していく必要がある。振動工具使用者にレイノー現象が認められた場合にも、基礎疾患としての膠原病の可能性を念頭におく必要があり、既往症、現症、血液検査所見などを検討しながら注意深い経過観察も必要となる。この疾患群で重要なものは次のとおりである。
a 汎発性強皮症 血管障害を伴う炎症性、繊維性の炎症であり、二〇歳から四〇歳代の女性に多い。皮膚は初期には浮腫性であり、進行するにつれて対称的に指趾をこえて中枢に向かって硬化していき、手、顔、前腕、頸、上腕部、腹部、背部などの皮膚硬化、さらには、肺繊維症、食道硬化など内臓も障害される。そのほか、指先の虫食い状の痩せ、末節骨の吸収、心筋繊維症、指先皮下石灰化、手指屈曲拘縮、対称性の多発性関節炎などの症状もみられる。発病初期にはレイノー現象が前景に立つが、必ず手指の腫脹・硬化、こわばりを伴っているので、まだ全身性の皮膚硬化はなくとも本症の診断はつくし、確定診断は皮膚生検の組織像によって得られる。検査所見として、赤沈亢進、γグロブリン高値、四分の三に抗核抗体陽性がみられる。
b 全身性エリテマトーデス 若い女性に多くみられる急性又は慢性の多臓器障害性の炎症性疾患である。原因は不明で多彩な自己抗体の出現があり、典型的な自己免疫疾患である。発症時の症状、経過に特徴的な一定の型はなく、一、二の臓器障害を示し潜行性に発症することが多いとされている。発熱・衰弱・易疲労感・体重減少を伴い、関節症状(対称性多発性の疼痛であるが、関節炎の局所所見は乏しい。)はほとんどみられる。また、大腿骨骨頭壊死、皮膚紅斑、心外膜縁炎、心筋炎、レイノー現象、神経症状(昏迷、幻覚、脅迫観念など)が起こり、五〇%にリンパ節腫脹、八〇%に貧血などがみられる。LE細胞現象、高率に抗核抗体陽性、三〇%にRAテスト陽性、七〇%に梅毒反応陽性、血小板と白血球減少、赤沈亢進、血清グロブリン中のα2とγグロブリンの増加がみられる。
c 多発性筋炎 皮膚筋炎 しばしば皮膚炎を伴う骨格筋の変性と炎症であらゆる年齢層にみられ、女子にやや多い。三分の一にレイノー現象がみられる。肩甲帯や骨盤帯の筋力低下・筋萎縮が特徴で、対称性の関節拘縮を生ずるが、関節症状は軽いことが多い。半数でRAテスト陽性、CPK、アルドラーゼ、LDH、SGOTの増加、α2及びγグロブリン高値を示す。
d 多発性関節リュウマチ 多発性、進行性、全身反応を伴う慢性関節炎があり、二〇歳代と四〇歳代とに多く、女子が男子の三、四倍罹患する。全身の関節が侵されるが、手指・足趾・手・足・膝・肘関節が多く、肩と股関節が侵されることは少ない。大部分は緩徐に始まり、関節包の腫脹と液貯留を伴う関節痛が現れ、朝のこわばり、レイノー現象、罹患関節数の増加、指変形、虹彩炎、神経や筋の炎症、腱鞘炎、微熱、痩せ、食欲不振、皮下結節などを示す。天候に左右されることも多い。赤沈亢進とCRP反応は病勢を反映する。貧血、白血球増加、RAテスト陽性、A/G比低下、グロブリン増加を呈する。
e 結節性多発性動脈炎 中小動脈の中膜の炎症で原因不明の発熱を伴い、多数の臓器系に及ぶ多彩な症状が発生する。糸球体腎炎、腹痛、心不全、筋肉痛、末梢神経障害、肺炎、移動性で腫脹のない関節炎、レイノー現象などがみられ、中年の男性に多い。白血球増加、赤沈亢進、CRP陽性、血小板増多、貧血などはほとんどの症例でみられ、その他には障害された臓器の異常所見がみられる。自己抗体の出現はなく、抗核抗体、RAテストは陰性である。組織の生検、選択的血管造影が診断上価値がある。
f 高安病 大動脈炎症候群でいわゆる脈なし病である。原因不明のめまい、頭痛、上肢の易疲労感、手指の冷感、橈骨動脈の脈搏の減弱ないし消失、原因不明の赤沈亢進、CRP陽性、患者が若年女子であれば本症が強く疑われる。レイノー現象も起こる可能性がある。
ウ 閉塞性動脈疾患
a 閉塞性血栓性血管炎(バージャー病) 四肢の血管に局限する血管炎を本体とし動脈のみならず静脈も侵される慢性の血管炎であり、二〇ないし四〇歳代の男性に好発する。手、足の冷感やしびれ、痛み、レイノー現象、間けつ性跛行、表在性静脈に沿って炎症を繰り返す移動性静脈炎、激しい痛みを伴う潰瘍形成など症状の程度はいろいろである。
b 閉塞性動脈硬化症 四〇歳以上の男子に多く、全身の動脈硬化症の部分症で、糖尿病のときに起こりやすく、大腿・膝窩動脈の閉塞がもっとも多い。
c 動脈血栓症 血管内で血液凝固が起こるもので上肢では少ない。小指球部の圧痛、腫脹、寒冷時にレイノー現象、指の疼痛、尺側指の知覚異常壊死などを呈する。
d 動脈塞栓症 心疾患のある者で心内血栓が遊離し、末梢動脈に入り、分岐部にひっかかり塞栓を作る。下肢発生例の方が多く、急激に動脈血行不全を起こし、阻血症状、激痛、脱力感、麻痺感、レイノー現象、水泡形成などを呈する。
② 末梢神経系
ア 頸部脊椎症 頸椎の椎間板変成から椎体縁の骨増殖、椎間関節症、ルシュカ関節の骨棘形成、動きの不安定性を起こし、脊髄や神経根を圧迫して多彩な症状を起こす。下位椎間の変化が多いために、上肢のしびれや疼痛、手袋状の知覚鈍麻、上肢の筋萎縮や筋力低下、上肢腱反射低下が現れ、下肢では痙性麻痺が主で、知覚麻痺は足袋型であり振動覚が侵されるが、運動麻痺に比べ少ない。スパーリングテスト(患側へ頸椎を屈曲させ、上部より頸部を圧迫する。)をはじめとする各種の誘発テスト並びに詳細な神経学的所見により鑑別を行っていく。
イ 胸郭出口症候群 胸郭出口で腕神経叢及び鎖骨下動・静脈が何らかの原因により圧迫されて、頸・肩・腕の痛み、知覚異常、脱力感を訴えるもの。一〇歳代後半から三〇歳前後の女性にわずかに多い。血管症状として脈搏微弱化、指皮膚温低下、レイノー現象を伴うことがある。しびれ感は指に多く、握力低下をみることもあるが、明らかな筋萎縮、筋力低下、知覚障害をみることは少ない。モーレーテスト(斜角筋三角部における圧痛、放散痛の有無を調べる。)、アドソンテスト(頸の伸展位、左右の回転位において、深呼吸で息を止めさせたときに起こる橈骨動脈の脈搏の変化を観察する。)、エデンテスト(胸を張り、両肩を後下方へ引き下げたときに起こる橈骨動脈の脈搏の変化を観察する。)、ライトテスト(上肢の外転時に起こる橈骨動脈の脈搏の変化を観察する。)、三分間上肢外転テストなどが参考になる。
ウ 筋萎縮性側索硬化症 成人以後に発症し、上位、下位の両ニューロンを侵す原因不明の慢性、進行性の疾患である。八、九割は四年以内に死亡する。
(2) 本件疾病に対する医師の鑑別
<証拠>によれば、原告を診断した今西医師、森医師及び櫻井医師は、本件疾病との類似疾病について次のように鑑別診断したことが認められる。
① 今西医師 原告の疾病は、レイノー病との鑑別診断が必要であるところ、レイノー病には上肢神経伝導障害がみられないが、原告にはそれが著明であるから、この点でレイノー病との鑑別がつく。
② 森医師 前記類似疾病については、すべて鑑別した。その概要は次のとおりである。
ア レイノー病 発病時期は若い女性で二〇歳前後が多いが、原告の場合は四〇歳代後半からの発病であること、レイノー病であれば、レイノー現象が両側対称的に現れるが、原告の場合、左環指のみからレイノー現象が始まったこと、バイクに乗車し始めて九年ほど経って発病していることから本件疾病とレイノー病を鑑別した。
イ 膠原病 RA、ASLO、CRP、抗核抗体、免疫グロブリンA・G・M、γグロブリンの血清蛋白分画がいずれも正常であるから、膠原病を認めない。また、汎発性強皮症については、顔面皮膚の硬化・腫脹がないことや肺繊維症所見のないことなどでも鑑別し、高安病は、左右の脈の一方がふれない場合で、大動脈炎に関係した種々の血管症があるが、かかる症状がないことでも鑑別した。
ウ 閉塞性血栓性血管炎、閉塞性動脈硬化症、動脈血栓症、動脈塞栓症 女性より男性に多く、殊に足の指先に潰瘍や壊死を起こすが、かかる症状がないことから鑑別した。
エ 頸部脊椎症 レントゲン所見で頸椎に異常がないことで鑑別した。
オ 胸郭出口症候群 ライトテスト、アドソンテスト、エデンテストがいずれもマイナスであることやレントゲン所見から鑑別した。
カ 筋萎縮性側索硬化症 この疾病は運動神経系のものであり、知覚障害、末梢循環障害は起こらないはずであるのに、本件疾病にはそれらがみられることで鑑別した。
③ 櫻井医師 前記類似疾病についてはすべて鑑別した。その一部を具体的に示せば、次のとおりである。
ア 膠原病 ASLO、ASK、RA、RAHA、CRP、抗核抗体、免疫グロブリンA・G・M、A/G比、血清蛋白分画の各検査値が正常であることから、膠原病を認めない。また、汎発性強皮症でレイノー現象が発現するときはすでに指が真っ赤にソーセージ状に腫れているが、原告にはそれがみられない。
イ 閉塞性動脈硬化症 コレステロールと中性脂肪の検査をし、また、原告の年齢からしても考えにくいことから、鑑別した。
ウ 胸郭出口症候群 診察所見で当該疾病を認めない。
(3) 右(2)の認定事実及び前記二の4の検査結果等に照らせば、本件においては、類似疾病との鑑別がなされているかの如くである。しかしながら、証人櫻井忠義の証言によれば、例えば血清学的検査であるRAテストにおいても、多発性関節リュウマチで陽性反応を示さない場合があり、また、抗核抗体検査においても、重要な抗体が検査から落ちてしまうこともあること、原告の場合に更年期障害の可能性を考慮してホルモンの検査をした方がよかったが、それを行っていないことが認められ、必ずしもそれらの検査が十分なものとはいえず、前記三の1の(二)のとおり、振動障害の鑑別にはその困難さのゆえに各症状分野の専門医の合議によって鑑別するのが妥当とされていることをも勘案すれば、右のとおり、一応類似疾病との鑑別ができていることをもって、直ちに本件疾病の発症あるいは著しい増悪が振動暴露によるものであると認定することは躊躇され、むしろ、以下の認定事実に照らせば、他の私疾病ないし加齢による変化である可能性が否定できないというべきである。
なお、原告は、三〇七号通達に従い、本件疾病の業務起因性の判断についても、類似疾病との鑑別は不要である旨を主張しているところ、バイク振動障害については三〇七号通達に準拠できないことは前述のとおりであり、また、本件において、類似疾病との鑑別を要しないとする特段の事情も認められない。むしろ、前記のとおり、振動障害に特有の症状がないことからすれば、本件疾病の業務起因性の判断については、類似疾病との鑑別は必要不可欠である。
(二) 原告の作業内容と有害因子について
(1) <証拠>によれば、次の事実が認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。
バイクからの振動伝達経路は、ハンドルから手、座席から尻、腰、ステップから足の三つが考えられるが、ハンドルの振動につき、被告側が原告の業務に使用されたものと同型のバイク(ホンダC五〇)で走行テストを行ったところ、①セカンドギアによる時速二〇キロメートル走行において、進行方向で、周波数の主成分は一ないし二Hzと一〇〇Hz強にあり、それらにおける振動加速度の最大値はそれぞれ約0.78G、約0.76G、上下方向で、周波数の主成分は一ないし二Hzと一〇〇Hz強にあり、それらにおける振動加速度の最大値はそれぞれ0.56G、約0.40G、②トップギアによる時速二〇キロメートル走行において、上下方向で、周波数の主成分は一Hzと七〇HZ弱にあり、それらにおける振動加速度の最大値はそれぞれ約1.3G、約0.4G(なお進行方向のデータは欠如している。)、③トップギアによる時速三〇キロメートル走行において、進行方向で、周波数の主成分は一ないし二Hzと九〇Hzにあり、それらにおける振動加速度の最大値はそれぞれ約0.75G、約0.62G、上下方向で、周波数の主成分は一Hzと九〇Hz弱にあり、それらにおける振動加速度の最大値はそれぞれ約0.78G、約0.20Gであった。
ところで、ISO(国際標準化機構)は、国際的な規格、基準を決定し、加盟国にその採用を推薦して国際的に統一した基準を作成することを主要な事業としている国際機関であるが、同機構の振動暴露基準についての昭和五四年の草案(DIS五三四九号)は別紙2のとおりである。これによると、振動障害の病因としては八ないし一〇〇〇HZの振動数が対象とされており、右DIS五三四九号も中心周波数八Hzから一〇〇〇Hzまでの振動暴露を適用範囲としているから、右走行テストの一ないし二Hzの振動成分を捨象して、同テストの結果にこの暴露基準草案を適用すると、①のセカンドギアによる時速二〇キロメートル走行の場合(最大は進行方向の約0.76Gで振動数は一〇〇Hz強。)、②のトップギアによる時速二〇キロメートル走行の場合(最大は上下方向の約0.40Gで振動数は七〇Hz弱。)及び③のトップギアによる時速三〇キロメートル走行の場合(最大は進行方向の約0.62Gで振動数は九〇Hz。)、いずれの場合にも、一日の暴露許容時間である二ないし四時間の範囲内である。
また、労働省は、昭和四五年二月二八日付け基発第一三四号「チェーンソー使用に伴う振動障害の予防について」により、その基本的対策の一つとしてチェーンソーの操作時間を一日二時間以内とするよう挙げ、昭和五〇年四月一〇日付け基安発第七号で、民営事業所において右時間規制が遵守徹底されるよう示達し、他方、労働安全衛生法に基づいた昭和五二年九月二九日労働省告示第八五号によって、チェーンソーの規格を振動加速度の最大値が三G以下と規制している。この三G二時間規制を、周波数の主成分の違いを考慮してバイク振動に当てはめると、1.5Gなら一日二時間、0.7Gなら一日四時間が規制値となる。右走行テストの結果を、前記と同様に一ないし二Hzの振動成分を捨象して、この規制に適用すると、②のトップギアによる時速二〇キロメートル走行の場合及び③のトップギアによる時速三〇キロメートル走行の場合は振動加速度の最大値が0.7G以下であるから四時間以内の使用であれば規制内となり、①のセカンドギアによる時速二〇キロメートル走行の場合は、振動加速度の最大値が0.78Gであるから、二時間以内の使用であれば十分右規制を満たし、四時間の使用であっても規制値をわずかに超えるにすぎない。
(2) 前記二の1で認定したところによれば、原告がバイクの運転免許を取得してから訴外会社の本店勤務になるまでの間はバイクをほとんど使用していなかったというのであり、原告がレイノー現象を初めて自覚したのは昭和五〇年三月ころであるから、原告が本店勤務になった昭和四二年三月から昭和五〇年三月ころまでの原告の作業内容を検討すると、この間の原告の作業内容は、前記認定のとおり、主に、ミシン、編み機の購入先を訪問し、購入商品について修理、講習を行うことであり、訪問先は最も遠いところで北が四キロメートル前後、東が八キロメートル前後、南が七キロメートル前後、西が一七キロメートル前後(以上、いずれも直線距離。)であるから、訪問先への連続走行距離は長くても一時間程度であったとみるべきである。しかも訪問先までバイクで訪れた後、バイクを降りて講習、修理の業務をこなし、再びバイクに乗って次の訪問先を回るなり、帰社するなりするもので、バイク乗務は断続的である。
(3) この間の一日当たりのバイク使用時間であるが、原告は、本件尋問において、一日にバイク乗車が一時間のときもあれば、二時間、三時間のときもあり、遠方へ行くときは三時間半かかったときもあると供述し、結局どの時間のときが最も多かったか判然とせず、また、<証拠>には、一日三時間とする記載が、<証拠>には、昭和四一年一一月から昭和四二年九月までが一日二時間、昭和四二年一〇月及び一一月が一日四時間、昭和四二年一二月から昭和五三年一〇月までが一日三時間の記載がそれぞれみられるが、これらは原告の記憶のみに基づくものであり、一日当たりのバイク使用時間を認定する確たる証拠はない。いずれにしても、前記(1)の認定に照らせば、原告のバイク使用は、それが前記走行テストの場合と多少の条件の違いを有していたとしても、ISO暴露基準草案の許容範囲内にあり、また、労働省の前記規制を満たしていたか、これを超過していたとしてもわずかであった蓋然性が高い。そして、前記(2)のように、原告のバイク使用は断続的であって、一定の下車業務が常時存在していたことも考え併せると、原告のバイク乗務が振動障害を発生させるに足りる有害因子にさらされていたとは必ずしもいえない。
もっとも、<証拠>は、バイクによる振動が右ISO暴露基準草案の許容範囲を超えることがある旨指摘しているが、これは、原告が使用したものとは種類の違う郵政外務員が使用するバイクに関するデータをもとにした意見であって直ちに採用し難い。
(三) 本件疾病の発病までの経緯について
前記認定のように、原告は、昭和四二年一〇月のバイク通勤の後ころから両手の冷え、しびれを感じるようになり、昭和四五年一月ころにはそれらが本格化し、昭和五〇年三月ころにはレイノー現象を自覚している。そこで、まず、原告が訴外会社の本店勤務となった昭和四二年三月一六日から両手のしびれ、冷えが本格化した昭和四五年一月までの約三四か月間、及び昭和四二年三月一六日からレイノー現象の初発時期である昭和五〇年三月までの約八年間のバイクの総使用時間を検討する。
<証拠>によれば、この間のバイク使用時間は、昭和四二年三月から同年九月までが一日平均二時間、一か月平均二五日、昭和四二年一〇月及び一一月が一日平均四時間、一か月平均二〇日、昭和四二年一二月から昭和五〇年三月までが一日平均三時間、一か月平均二五日というものであり、総使用時間は七一一〇時間となり、<証拠>にもこれに沿う部分があるが、これらは原告の記憶のみに基づくもので裏付けに乏しいから直ちに採用できず、その他当該総使用時間数を認定するに足りる確たる証拠はない。前記認定のとおり、原告は雨天にはバイクを使用しておらず、また、原告の訪問業務は、訪問先からの電話申込があって初めて行われるものであるから、右<証拠>の数字はさらに小さくなるはずである。仮に、一か月平均の使用日数を二〇日として、<証拠>の数字に当てはめると、前記約三四か月間の総使用時間は約一九四〇時間、前記約八年間の総使用時間は約五七二〇時間となるが、現実の総使用時間がこれより少なかった可能性も大きい。
<証拠>には、バイクの総使用時間が約五〇〇〇時間以上になると振動障害に罹患する可能性が大きいとする部分があるが、これは同証人が所属する職業病研究会が改良前のバイクを使用する郵政外務員の場合を調査した結果から算出した数字であって、それと業務態様、使用バイクの異なる原告の場合に必ずしも当てはまるとはいえず、また、なるほど、前述の仮定によれば、レイノー現象の初発までの総使用時間は約五七二〇時間となっているが、実際のバイクの乗務総時間が五〇〇〇時間に満たないことも十分考えられる。
他方、原告が継続的にバイク乗務に従事するようになったのは、前記認定のとおり、訴外会社の本店サービス課勤務となった昭和四二年三月一六日以降であるところ、原告が両手のしびれや冷えを感じるようになったのは同年一〇月のバイク通勤の後のころからであるというのであるが、右症状がバイク振動の暴露によって発生したものであるとするには、振動暴露時間との均衡を失しているのではないかと考えられる。また、原告の両手のしびれ、冷えが本格化したのは、原告が本店勤務になったわずか約二年一〇か月後であり、バイク振動障害の特徴が比較的早期かつ強度の末梢循環障害であることを考慮に入れても、右のしびれ、冷えの本格化した時期までのバイク総使用時間は、前記五〇〇〇時間にはるかに及ばず、右症状の発現は早すぎる。さらに、前記のとおり、原告は、昭和五三年一二月二一日以降はバイクの使用を極端に減らしたのにかかわらず、症状はその後も改善するどころか逆に悪化し、一年余りを経た昭和五五年ころから、レイノー現象が寒い時には一日数回も現れ、さらに冬だけでなく梅雨時にも発現している。これらのことは、本件疾病と原告のバイク使用との因果関係に疑問を差し挟むものである。
(四) 原告の症状のその後の推移
前記のとおり、原告は、昭和五六年三月バイク使用を完全に止め、しかも振動障害の一定の治療を受けたにもかかわらず、依然としてレイノー現象が発現している。昭和六三年四月一八日にもレイノー現象が現れているが、これは原告が須崎支店勤務に戻り、バイク使用が激減してから九年四か月近く経た時期であり、また、原告がバイク使用を完全に中止してから七年一か月余りも後である。さらに、バイク使用を完全に中止した後である昭和五六年三月一一日付け振動障害診断票(<証拠>)とその三年後である昭和五九年三月二二日付け同診断票(<証拠>)を比較すると、維持握力(五回法、60%法)、筋圧痛・硬直、振動覚において後者の方が障害が重いとする結果となっており、この間に症状の一部増悪が窺われる。この点に関し、証人森清一郎は、通常は、振動暴露から離れれば、振動障害の症状は正常化していくものであるが、異常に振動暴露を受けた場合には、振動暴露から離れても一定期間は症状が進行することが考えられる旨証言しているが、原告の場合を異常な振動暴露とはいえないことは前記(二)に認定したとおりであるから、右証言をもってしても原告の症状の推移を十分説明できない。また、証人櫻井忠義は、レイノー現象が発現し始めてもなお振動作業から離れずにいた場合、障害を頑固なものにする旨証言しているが、前記<証拠>によれば、治療効果が最も現れ易いのは、一般に、末梢機能障害であることが認められ、振動作業を完全に中止した後七年余りの長きにわたってレイノー現象が止まらないことを右櫻井証言では説明しきれない。
(五) <証拠>によれば、昭和六二年四月一日現在でわが国のバイク総台数は一六四二万台余りと膨大な数であるにもかかわらず、この当時の年度にバイク振動障害で公務災害の認定を受けた患者は約五七名であり、民間労働者でバイク振動障害と思われる患者は、バイク振動障害を研究している右櫻井においても、数例しか知らないことが認められ、この事実からすれば、郵政外務員のバイク振動障害については、前記三の1の(四)のように、一定の認定例の集積をみているにしても、これと業態、使用バイクの異なる民間労働者については、未だ、バイク振動障害は珍しいケースである。また、<証拠>によれば、原告と同様の業務に従事していた原告の同僚には本件のような疾病がないことが認められる。もっとも、民間のバイク振動障害の罹患例が稀有だからといって一般的にこれを否定することはおよそできないけれども、症状の発生ないし著しい増悪が、バイク振動の暴露によるものであると認めるには、前記三要件の充足を十分吟味し、殊に、私疾病ないし加齢による変化との鑑別診断を厳密に行う必要があるというべきである。
(六) なお、<証拠>によれば、被告の主張2の(二)の(1)ないし(3)の事実が認められるのであって、この点も本件疾病を考える上で軽視できない。
(七) 以上(一)ないし(六)の認定判断を総合すれば、本件疾病は一応振動障害の症状を備え、他の類似疾病との鑑別を経ているかの如くであるが、右鑑別は必ずしも十分といえず、右(二)ないし(六)に認定した事情に照らし、原告のバイク使用によって本件疾病が発生した、あるいは、著しく増悪したとするにはなお疑問がある。そして、かかる疑問を払拭するに足りる証拠はなく、前記三の1の(三)で認定したように、未だ十分な医学的知見を確立したとはいえない振動障害のうちで、バイク振動障害については、その障害発生の機序や病態がさらに未解明の状態であることを考えると、本件においては業務起因性の立証が未だ尽くされていないといわざるをえない。
四結論
以上によれば、本件疾病を業務上の疾病とは認められないとした本件処分は相当であり、原告の請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官山脇正道 裁判官佐哲生 裁判官政岡克俊)
別紙<省略>